Painting

Missing Trace 08

2026

街、湖底を想う  一枚の葉を見つめる。いや、葉の形が残ってしまった化石だ。掌の中のその化石は、まだ自身が植物として生きていた頃のことを語りかけてくる。  神戸のこの地域は、約三八〇〇万年前にはまだ海の気配を残し、その後、湖や湿地や川のあるぬかるんだ低地となった。葉が水辺の木から落ちれば、本来は腐って次の生命のための土になる。しかし、いくつかの偶然が重なったとき、葉は分解されきる前に輪郭を閉じ込められる。流れの強すぎない水底、酸素の少ない静かな場所、細かな泥、そこへ降り積もる火山灰と素早い埋没。神戸層群と呼ばれるその地層は、まさにその偶然の組み合わせによって生命の微動を繰り返す植物たちが化石として残る環境だった。化石の肌のみずみずしい葉脈の凹凸に、私は生きることも死ぬことも忘れてずっとここに止まっている。    けれど神戸の時間はそこで止まらない。現在の六甲山の急な起伏は、葉が化石になったずっと後、約一〇〇万年前以降の隆起によって強まったものだ。さらに人は戦後の平地不足と港湾整備の必要から、その山を削り、土を海へ運び、臨海部を埋め立てて新しい土地をつくった。「山、海へ行く」と呼ばれる神戸特有の開発手法の名前を聞いたときは驚いた。山が海へ行くだなんて。では、私という形はだれによってどこからどこへ運ばれたのだろう。  六甲アイランドもまたそうして生まれた土地だ。第二の海上文化都市として一九七二年に着工されたこの人工島の主要な埋立材は、あの神戸層群だった。地層に封じ込められた葉は、掘り起こされ、砕かれ、船で運ばれて、海の上に新しい地盤を作るための土となった。そんな葉たちが眠る土が、いまでは現代の街を支えている。その上に建つひとつが神戸ファッション美術館だ。  そこへやってきたのがあのドレスだった。  ドレスは化石が葉であった頃をありありと思い出させる。風にふるえ、かつて何人もの身体の輪郭に沿い、やがて身体を失ってもなお、そのひだだけを残す。そのまわりにあるアーカイヴされた服たちもまた、ありとあらゆる布のひだや縫い目、刺繍の光に、過去のふるまいを定着させている。いろんな色や形の葉っぱ――かつての化石たちのように。もしかしたら化石となっても、葉っぱたちは地上の空を懐かしんでいるかもしれない。同じようにドレスたちもまた、故郷の地を想うのだろうか。      思えば街も人も景色もすべて、テクスチャーのひとつだった。マンホールも、アスファルトも、山肌も、水面も、こうやって見るとすべて同じようにみずみずしい。知るよりも早く質感として私たちの前に現れ、触れかける。それは、山も海も陸もまだ名前がなかった頃、すべてが一緒くたになって湖底にあった未分化の大地を思い起こさせる。あるものは溶け、あるものは残り、意味になる前の世界がただそこにあった時間。いつしか海から山がのぼり、陸ができ、また山が人の手によって海へ運ばれ、街ができた。そしていま踏みしめられたその古層の葉は、世界から漂い集まったドレスとすでに手を取り合っている。  気がつけば葉はドレスの模様となって縫い合わされていた。街でさえ名前も捨てて、古層と地上が踊っている。  二〇二六年 四月 久保田沙耶

Size 606×500mm
Media 紙、線香、炎、ミクストメディア paper, incense stick, fire, mixed media